蒼夏の螺旋

   “キスが甘いとは限らない”
 


五月も半ばを過ぎると、
さすがに春というより初夏と呼ぶべき日和となって。
陽の下に立てばじりじりと暑く、
帽子なり日傘なりがないと大変だったりもするほどで。

 『サラリーマンは大変だよなぁ。』
 『? 何がだ?』

だってよ、まさかこの時期に
どっかの財務大臣みたいにボルサリーノかぶる訳にもいかんだろうし。
いくらクールビズと言っても、
大リーグのキャップをスーツに合わせるのも何だろし
……なんてことを言い出す童顔の奥方だったのへ、

 『ああ、それは まあな。』

言いたいことがやっとこ通じた のっぽの旦那様もまた、
クールビズと言われちゃいても、
外への会社回りの際は一応ネクタイ必帯となる、
異業種の方々も多数お相手します属性の商社マンだったりし。
ちなみに、ルフィ奥さんはといえば、
先に言ったように童顔なその上、
子供たち相手のPC教室の助っ人講師と
某経済エージェント様のネット上の日本支部担当員という、
微妙にラフな肩書なため。
自前でもお仕着せでもスーツなんて1着も持ってないし、
十代の女の子が贔屓にしているような
ファストファッション・ブランドのお洋服が
どんぴしゃりとお似合いで、
マリンボーダーもエスニック・チュニックもおまかせvvという、
着こなし上手と来たもんで。

 『俺らは いんだよ。
  長年の経験とか
  先輩から受け継がれたお家芸とか駆使してっから。』

 『おお、秘伝の技ってやつか?』

凄げぇな、そういうのも代々で受け継ぐんだ、
俺そういうのには縁がないから憧れちゃうなぁと、
それは無邪気にワクワクしておられる奥方だが、

 “まあ、俺の場合は、
  いつまで長っ尻しても迷惑がられねぇ穴場の店とか
  昼休みの頃合いなのに
  案外と人が来ない木陰の多い公園とかの話だが。”

なので、奥方から“教えてくれよぉ”と
どんなに甘くねだられてもお口にチャックし、
なあなあと背中を昇られようと跨がられようと
これだけは言えんと頑張っておいで。(頑張れ〜vv)
そっちは何とか死守出来ていたご亭主だったが、

 「………ゾロ。」

その日は特に何という残業予定もなければ、
はたまた翌日からどっかへ出張という運びでもなく。
ごくごく平時の出勤であり終業であり、
この時期なら、まだ空に明るみも残る頃合いに、
ただいまと自宅への帰宅と相成っていたご亭主だったが。
そういや途中の乗り換え駅から掛けた“帰るコール”への応対も、
ちょっと堅かったかなと思いはしたが、
ここまで様相が違おうとは思わなかった、ロロノアさんチのゾロさんで。
まず、玄関までの“おっかえり♪”というお出迎えがない。
一応は夕食の準備もしていたのだろうが、
キッチンはどこか温度が低く、
さあ すぐにご飯だぞとは運べない段階を匂わせる。
そして、それらを通過して辿り着いたリビングでは、
窓側に据えたソファーにわざとらしくも膝から乗り上がっての、
つまり こちらからは後ろ向きに座しておいでの奥方が待ち受けており。
今日は昨日の雨を一掃してまたぞろ暑くなったものだからか、
ダメージジーンズの短パンに薄生地木綿の半袖パーカー、
もしかしてインナーは腹が見える丈らしき、
ビスチェもどきを早々と着込んでおいでの、
何とも可愛らしいいで立ちなのに。

 「どうしたよ、腹でも痛くなったのか?」

体の具合が悪いなら、急いで岸本せんせえに診てもらわんとと、
脱ぎかけていた背広の肩を戻し、
書類ケースだけ空いてるソファーへ放りかけたが、

 「………………お。」

その空いてた空間へ、無造作に放り出されてあった先客があり。
淡い色合いのパッケージングは
女性にも安心という雰囲気を強調したかったものか。
収録されている中へと出演する俳優の顔やシルエットは使わぬままの、
いかにもイメージ優先というのを窺わせる、1枚のDVDであり。

 「こんなところへ出しっ放しにしといたかなぁ。」

そうと呟いて手に取ったのへ、
ルフィ奥様、むむうと口許を尖らせての曰く、

 「そんなふしだらなDVD、ゾロが観てるなんて がっかりだっ。」

お顔をやや真っ赤にしての非難囂々。
ふしだらと来た辺り、
男性だもん しょうがないじゃん…という方向性のそれだろか。
だとしても、同じ性別なのだから、
しょうがないよな判らんでもない…とは思わないのが、

 「オレってものがありながら。////////」

ちゃんと毎晩、ちうだって ぎゅうだってしてんのに。
そりゃ、オレからはあんまりアレコレ出来ねぇけどサ、
それはゾロが、どこで覚えたのやら、
あんなことやこんなことして、あっと言う間に動けなくす……

 「判った判った。」

窓も開いてるんだから、
あんまり大きな声でそういうことを並べないの、と。
それは素早く傍までを進み、
あっと言う間に口許を手で塞ぐ手際は大したもの。
そうか、そういう手慣れた手際で、
あんなことやこんなことをしてるんだな、あんた。

 “…おいおい。”

小さな奥方を、
その身長に見合った長さの腕にてぐるんと抱きかかえつつの、
お口封じの技の発動だったので、
ちょっと変わったヘッドロックのようなもの。
それゆえに、
懐ろの中へと抱え込んだ格好のルフィの目の前に、
もう片やの手に持ったままだったDVDが来ており。
むうと膨れたまんまの奥方、
それを奪おうと手を伸ばしたものの、
間一髪で遠ざけられてしまい、

 「そうは言うけど、お前、これの中身観たのか?」
 「観てねぇけど、知ってるもん。//////」

そんなお返事へ、おやとゾロの表情が軽く撥ねる。

  バレンタインデーのころに、
  朝のワイドショーで特集してたじゃんか。

  ああ、そうだっけな。

となると、どういう内容なのかも知っており、
イメージから勝手に誤解しているようでもなくて。
しかも、

 「しかも堂々と、
  ゴーカイジャーのDVDボックスの隣に置いとくなんてよっ。」

そう。疚しいからと どっかにこっそり隠してあった訳じゃあない。
共有のCDやDVDの棚へ、それは無造作に差してあった扱いの軽さよ。
つか、ゴーカイジャーはどっちの所有なんでしょうか。(わざわざ訊くか・笑)

 「こういうものは、ベッドの下の奥に押し込んどくとか、
  引き出しを外したその奥に忍ばせておくとか。」

 「お前こそ、どこでそういう知識を仕入れるかな。」

まさか小学生から聞いたとか言うなよ、順番おかしいぞ、お前。
そんなこと話題にしませんよーだ、と。
それはそれは可愛らしい“あっかんべぇ”を返した奥方が、
ゾロの手の先、むうと睨んでおいでのDVDというのは、

 萌えとときめきの キス&ハグシーン集
  St.バレンタインデーに贈る、スペシャル Ver.

そうと銘打たれた、
オムニバス形式のソフトなラブシーン集だったりし。
……あ、今そこでコケた人、
一体 何を期待してましたか? 後で職員室に来なさい。

 「何で こんなもん観るんだよぉ。」

実はこういう焦れったいプレイが好きなんか?
だったら言えば良いのによ。
マフラーぐるぐる巻とかシャツの肘つまんでツンツンとか、
いくらでもやってやんのによ、と。
その程度の内容のですので、どかご安心を、どっかのお母様。(笑)

 「プレイってなぁ…。」

どういう方向で怒っておいでかよく判らんと、
ゾロが呆れたのも無理はなく。
その発言のところどこで
妙な地雷がドカンドカンしてないかと思いつつ、

 「俺の担当じゃあないんだがな。」

5月23日は、
とある映画のキスシーンが上映されたことを記念して、
日本のみの記念日として“キスの日”とされているそうで。

 「それでっていうイベントを、
  恋愛映画のキャンペーンに搦めようって立ち上げた班があって。
  前売り券につけるグッズにいいのがないかと、
  参考にするのへって観てたらしくてな。」

ちなみに、その映画より以前からも、
接吻だの口吸いだのという表現があるくらいで、
そういう行為はあったらしく。
公衆の面前で赤裸々に公開されたというのが、
まあ何と言いますか、劇的だったんでしょうね。

 「ゾロの担当じゃないのに、なんでウチにもこれがあるんだよ。」
 「だよなぁ。」

しょうがねぇよなぁというしょっぱそうな苦笑をし、
やや抵抗を緩めた奥方の、
強ばりが解けた肢体の柔らかい感触を察しつつ。
お膝へまたがるのへ協力してやり、
向かい合ったところでそおと懐ろへと抱き込んで、

 「特注にしなきゃならないらしいストラップ、
  今時はチャームっていうんかな。
  それを作れる職人さんに
  心当たりはないですかって泣きつかれたもんでな。」

 「またかい。」

種を明かせばそんな事情で、
つか、それ以前の問題として、
結局ルフィさんたら、一体何のどこが腹立たしかったものなやら。

 「なぁんだ、そっか。」

そんなお答えで、一応は納得なさったようであり、
じゃあ今からご飯の支度すっからと、
旦那の頼もしい懐ろから抜け出ようとしたものの、

 「…ぞろ?」
 「もしかして何かへ妬いたか?」
 「???」

清純派の新進女優さんばかりが出ていた代物としても話題になった作品、
それをわざわざ手元におくとは許せ〜んと。
可愛い嫉妬が起こったかななんて、
ちいとも腕を緩めずに、お膝から降ろしてくれないご亭主であり。

 「そんなはずないだろー。」

出てる人に知り合いいねぇしと、そこはケロリとしたもので。

 「さっきも言ったけど、
  あんなこれみよがしに置いてっから、
  ゾロも同じことしてぇのかって思っただけだ。」

だからどうしてそこで胸と腹を張るのだと、
踏ん反り返る奥方に、微妙に脱力しかかる旦那様であり。
それをどう解釈したものか、

 「……ぞ〜ろ?」

窺うような、そんな声をかけて来たので、
何でもないぞ大丈夫と、がっくし落とした肩を上げ、
お顔をひょいと上げたところが、


  「…………vvvvvv」
  「…………。//////////」


奥方からの不意打ちキッスは、
どこかでつまみ食いしたらしい、
鷄の唐揚げの味がしたそうな……。






      〜Fine〜  14.05.21.

  *431、000hit リクエスト
    ひゃっくり様 『キスの日に ちなんで』


  *ちなみに、
   ミニストップだったらしい。(こらこら、何情報だい)

   すいませんね、あまりにも色気のない代物で。
   こういうのにちなんだイベントで盛り上がるなんて、
   シブって楽しそうですねvv
   そして、ウチにキスが山ほど出て来るお部屋が出来ようとは
   ……というお言葉には馬鹿ウケしました。(確かになぁ・大笑)


*ご感想はこちらvv*めるふぉvv

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